ブログで日々の出来事を書き綴ることで自分にパワーが沸いてくる。自分の生活を振り返り、書き綴ることで一日を反省し考えを整理していた。
この数日、そんなパワーをくれるブログに向き合う気力さえ起きなくなった。
先日6歳のMEがご近所の小学3年生のお姉ちゃんを喧嘩で泣かしてしまった。
我が家の表札で遊んでいたお姉ちゃんを注意したのがきっかけだった。MEは人一倍正義感が強い。幼稚園の先生曰く、「怒っているうちに興奮してしまうのでしょうかね~」。本人としては「お友達がやってはいけないということを知らないので、それはやってはいけないと知っている自分が教えてあげた。」という親切心らしい。しかし、興奮して言い方がきつくなってしまい、聞いている私もハラハラすることがある。
その言い方については常日頃注意をしており、誰より本人が怒ってしまう自分が嫌で反省しているのだけれども・・・・。
今回の一件では間が悪かった。泣いてしまった子のお父さんに見られてしまった。お父さんは超子坊脳。子どもがすべてで、それはそれは宝物のように子どもに愛情を注いでいる。自分の子どもが泣かされている姿を見て、お父さんは逆上した、「もう遊ぶな!!!お前らは毎日遊んでいるから、喧嘩になるんだ!家に入りなさい!!」と怒鳴られてしまった。
毎日遊んでいるから喧嘩するのではないと思う。理由があって子どもは言い争いをする。喧嘩になるのに・・・・・。
MEの「人への注意の仕方が強すぎる」ということを両親で厳しく注意し、反省させ、先方に親子で謝罪に行った。子供同士は何のわだかまりもなかったけれども、親には許してもらえず、その子の家の出入りを禁止され、両親交えての話し合いをしたいと申し入れがあった。
「子どもの喧嘩に口を出す」・・・まさに修羅場の始まりだった。
どんなに喧嘩をしても子どもが遊びたいと思えば、それでいいと思ったいた。しかし先方はMEとの喧嘩は「子どもの喧嘩の域を超えている」と言う。私としては、決して子どもの喧嘩以上のものを感じないし、うちもちょくちょく泣いているし、泣いてでも翌日遊びたいと遊んでいるのだから、子どもにとって「喧嘩」は一種の遊びかも。喧嘩はお互いさまだから・・・と思うのだけれども・・・・。
MEにとって家の前の道でご近所のお友達と遊ぶことは生活のすべてで、楽しみのすべてなのに、その日以来外で遊ばせることができなくなった。
「お友達のパパが怒ってしまったから、しばらく遊びに行っちゃダメよ」と言った時以来、MEは二度とお友達の名前を言わなくなった。
そして6日間連続夜中に起きてお話をするようになった。夜中と言っても朝方、新聞配達の時間に、パッチリ目を開いて、「ママ、小さい時どんな子だったの?」とか「引っ越してきた時、お隣のお姉ちゃんは何歳だったの?」とかくだらない質問をして30~1時間お話をする。
今まで経験のないことだった。明らかにストレスだと思える。外に遊びに行きたいのをどれだけ我慢しているか、お友達と遊びたいのをどれだけ我慢しているか、自分がしでかしたことといえ、本人は親切心としか思っていないことをしたことで、なんでこんなことになっているのか。。。。小さい胸の中で、押しつぶされそうになりながら考えて我慢しているのと思うと、切なくて切なくて、、、、、
親としてやってやれることは、MEにご近所以外の場所に連れ出して、色んな世界があるということを教えて、今までの生活を思い出させないようにすることかな~と、毎日公園に遊びに行ったり、お友達と約束したりと、忙しくやっている。
子どもの気持ちがすべてだと思っている。今まで通り遊びたいと思うMEの気持ちを尊重してやりたい。でも正直親として、娘の欠点ばかりが目に付く親の子どもと遊ばせるのは危険すぎるようが気がする。
子どもなんて些細なことで揉めるのに、そのたびにMEが悪者にならなければならない状況を作るのは、親として正しい選択なのだろうか・・・と悩む。
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